満足の基準
初めて仕事についた時には、自分の力でお金を稼ぐことに嬉しさを感じていました。
1年もすると好きで一生懸命している仕事にやりがいを感じて、お金の為に働いているんじゃないと思うようになりました。
その頃、お世話になっていた方が話してくれたことがありました。
それは、移動中か何かで車の中だったと記憶しています。
『この仕事は始めたころの思いをすぐに忘れてしまう人が多い。そんな中でも自分の思いを忘れずにいつまでも熱意をもって働いてほしい。』
と話されました。
この時に、自分はこの仕事に熱意が持てなくなったときが自分のこの仕事に対する“辞め時”だと思いました。
それから数年後、経験も積み、いろいろな物事がわかりかけてきたころです。
その仕事の中でみんなで取り組まないと解決できないことや、おざなりにはできないことがあった時です。私は生意気にも意見したり自分なりに何とかしようと一生懸命動いた・発言したことがありました。
何度も折衝しました。
でも、けむたがられるだけで変わりませんでした。
ある先輩からは『長いものには巻かれないと』と言われました。
今思えば、折れやすい男だと思います。でも、当時は一気に冷めました。
それからその仕事は退職しました。
※一般企業ではありません。
一時期、アルバイトもしてました。以前の仕事を知っていた人はアルバイトをしている私を見て声をかけてきてくれます。
有名な企業に勤める友人も声をかけてくれました。
自分としては、何か不祥事でもやらかしてクビになったんじゃないかと思われてるんじゃないかとか、いろんなよくないことを思って恥ずかしい気持ちでいっぱいでした。
気持ちを悟られまいと笑顔いっぱいで茶化していました。
ほとんど休みも取らず朝から晩まで働いて手取りだけはある程度を維持しました。
転職の為、履歴書の書き方(目にとめてもらいやすい)、面接時の受け答え、何度もシュミレーションしましたが、ことごとく落ちました。
この頃からまた仕事に関する気持ちが変わりました。
お金はそんなになくていい、自分が食べていける分だけ、結婚できたなら家族が食べていけたらいいと思うようになりました。
そして仕事も自分一人でも戦えるような仕事がいい。資格もいるかも、と考えるようになりました。
たくさんあると思いますが、その時に頭に浮かんだものが不動産でした。
いいイメージはありませんでしたが、一人でも食っていけるとなぜか思っていました。
そこから不動産会社に絞っていくつか申込み、地元の小さな不動産会社に就職することができました。
※現在は不動産業界とつながりがありますが、不動産会社ではありません。
接客や物件を探すことは楽しく、自分には合っていると感じました。
※男の子は探すとかコンプリートするとかスキルを上げるということにゲーム感覚で取り組めるからかもしれません。
でも、そこはいわゆるブラックな会社でした。
勤務時間こそ深夜になることはありませんでしたが、慢性的に人がおらず、雑務が多く、違法すれすれ(違法なこともあったかも)で売り上げが落ち込むと基本給が0円になりました。もちろん歩合もほとんどありません。
常に人がいないか新人の為、教育もされておらず、仕事も自分で覚えました。
賃貸などは特別に難しいことはありませんが、それでも法務局での手続きや契約時のことなどネットで自分で調べました。(こわいこわい…)
幸いにも他の業者の社長さんや営業さんに良くしていただいて、その後、中堅不動産会社へ更に転職することができました。
しかし、そこでの勤務もまた激務でした。
家に帰るのは2時3時当たり前。
月に休みは1日か2日、責任も与えてくれますが責任も取らされる。
何ということでしょう…(ビフォーアフター風に)自腹支払額が『ゴチになります』を超えている営業もいました。
幸せだったことは、中堅なので福利厚生はしっかりしていることとその時に働いていたスタッフが優しく有能できつい中でもみんなで乗り切っていこうという雰囲気がありました。
この会社で働いていた最後のあたりから、今の会社へ移ったころからまた働き方について考えが変わってきました。
今まではやりがいありきで「お金じゃない」という自分がいましたが、お金をもらう以上、プロの仕事をするということ。
また、お金儲けに走ることはよくないが、食べていける分だけでいいとは思わないようになりました。
自分が満たされていなければ、他人に優しくできない。
自分が食べていけないのに、他人を食べさせることはできない。
自分に余裕がないのに、他人を助けてあげることはできない。
以前、エライ社長さんから、
「働くことは社会に貢献すること。」
「自分は地域に生かされている。その恩返しをしなさい。それが働くことです。」
と聞いたことがあります。
その時には何となく、「そうだなぁ」くらいにしか感じていませんでした。
リアルじゃありませんでした。
※自分が満たされていなかったから、実感できなかったからかもしれません。
お金も社会的地位もある人はお金に苦慮することなく、自分の想いのまま「地域に貢献できること」「人の役に立てること」に邁進できます。
※地域に貢献することでお金も稼げることが一番の幸せかもしれませんが。
でも、まず食べていけなければ頭で分かっていても実行できません。
だから私は年収を上げたいと思うようになりました。
いくら?と具体的な数字がなかったので1,000万円と心に思うようになりました。
そうすると不思議と仕事のクオリティや取り組みなどの段取りも良くなった気がします。
※以前も漫然としていたわけではありませんが…
ただ、最近は自分がどこに向かっているのかわからなくなっていました。
一生懸命だけでは足りなくて、ステータスを上げることで見えてくるものがあると信じていても、そこについた時にはまた次のステージが待っているような気がします。
でも今は、今日ブログに取り留めもなく書いたように、また考えが変わってきて少し落ち着いてきました。
向上心も持ちつつ、現状に満足もできるようになりました。
それは、
私は日本人で教育を受けており、現在は仕事もあるということです。
少なくとも世界の紛争地のように本当の意味で生きていくことに必死だったり、国の失業率が20%を超えて家賃を払っていくことも難しいところにいるわけではありません。
「子供は生まれてくる親を選べない」
ではなく、
「人は生まれてくる場所(国)を選べない」
満足の度合いは人それぞれ。
当たり前の小さなことにも喜びを感じることができる心と
向上していく熱意を胸に活動できる健康な身体
を持って明日からもバリバリ働きます!